日米の軍人が朝鮮人慰安婦を語りました

戦場で朝鮮人慰安婦に邂逅した日本軍人は証言て記録に残し、米国軍人は公式の報告書には纏めました。

その証言と報告書を一冊の日本語と英語にして出版しました。

ご笑読いただければ幸いです。

2019年12月15日出版
2020年1月出版

日米の軍人が朝鮮人慰安婦を語りました」への1件のフィードバック

  1. 日本軍人が証言する戦場の花
       朝鮮人慰安婦
    を読んでみました ポイントは次のとおりです
    1.売春防止法は昭和32年4月1日施行された。(ネットの情報)
    売春防止法は、売春を助長する行為等を処罰するとともに、性行又は環境に照らして売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護更生の措置を講ずることによって、売春の防止を図ることを目的とする日本の法律である。 施行は1957年4月1日。この法律の施行に伴い、1958年に赤線が廃止された。
    それ以前の時代は 世界中に公娼制度があって商売として成り立っていた。性犯罪の防止の必要悪として世界各国「公娼制度」を認めていた。当時特別に日本だけが従軍慰安所を設けていたわけではない。世界的立派な商行為として認められていたのである。公娼制度の認可権限は各都道府県にあったので、軍が強制的慰安婦を募集したり、売春を強要したことは絶対に有り得ないのである。27ページ

    2.女衒(ぜげん)の存在
    当時北朝鮮では労働者は「豆満江」の砂利採取工場で働いていたが10月半ばから4月半ばまでは零下15度の寒さで仕事がないため収入が少なく生活ができないため女の子供を持つ家庭では17~18歳になると慰安婦に買われて慰安所で働くしかない。
     女衒は朝鮮全土に組織をもち、借金を抱えて困っている家庭に来て負債があれば肩代わりしその分女性は長いこと遊郭で働くことになるという制度であり、これは江戸時代の吉原の遊郭と同じである。
     軍隊が駐屯する地元で性犯罪を防ぐには遊郭を作りそこで性のはけ口を作ってやらないとおさまりがつかないということで、遊郭を軍人相手の商売にと業者がすり寄ってきても不思議はない。
    3.商行為としての売春
    慰安婦の収入は多く、当時の将校の年収の数倍になった。故郷に仕送りし、家を建てた者もいたという。公娼制度を収入の糧として利用していたと思われる。      以上

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